2017/07/03 15:43

 古くて新しい、レトロでポップの「子供のバイエル」が人気です

丸の内や吉祥寺の雑貨店で話題です「子供のバイエル」!!


子供のバイエル
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ミュージック・フォ・リビングで企画制作して発売当初から人気があった「子供のバイエル」シリーズ、『ピアノライブラリー」シリーズですが、最近は雑貨店で見かける機会が多くなりました。楽器 店や文房具屋さんの店頭を飾ることは多かったのですが、このところ丸の内や吉祥寺など、トレンドとファッションの最先端の街で店頭やコーナーを飾らせてい ただくことが多くなり嬉しい限りです。

やはりレトロでポップな表紙にノスタルジックを感じる方も多いなか、逆に「子供のバイエル」シリーズを知らない若い方は『新鮮』で『カワイイ』と感じてくれているのでは……。
ピアノを習っていた方にはなつかしく、ピアノを習っていない方にも約70年近く前にデザインされて何一つ変わらない「赤バイエル」「黄バイエル」が醸し出す昭和ロマンが、魅力的で手に取っていただけるのかなとスタッフ一同感動しております。

全音楽譜出版社さんの制作協力のもと製品化


ノートに関しては、人気の楽譜「zen-on piano library」を出版している全音楽譜出版社さんの制作協力のもと、実際に使用している楽譜専用紙やインクを使用し、品質やデザインにこだわった、ずーっと使い続けたくなるノートです!
皆さんも「子供のバイエル」シリーズ、「ピアノライブラリー」シリーズを見かけた際は、ぜひ手に取ってこだわりの質感をご覧いただけるととっても嬉しいです。

お近くで手に入らないという方は、ぜひミュージック・フォ・リビングのオンラインショップでお買い求め下さい。

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店内の様子をご紹介します。

リーディングスタイル
本と雑貨、カフェも併設している丸の内の『リーディングスタイル』さん

Neue
神戸発のステイショナリーショップNeue(ノイエ)東京店さん

Sublo
懐かしく愛らしいものを詰め込んだお道具箱みたいなお店、吉祥寺のSublo(サブロ)さん


ステーショナリーを核としたメンズの雑貨のTour de Brain(国立)さん



ブルーブルーエ
ブルーブルーエ(なんばCITY)さんは学校がテーマでディスプレイ


ラインナップ


 ●子供のバイエル 罫線ノート B6サイズ 赤色
 ●子供のバイエル 罫線ノート B6サイズ 黄色
 ●子供のバイエル付箋<赤・黄2冊組>

 ●子供のバイエル クラッチバッグ 上巻

 ●子供のバイエル クラッチバッグ 下巻

 ●子供のバイエル マグネット付きクリップ 2個組

 ●子供のバイエルキーホルダー 上巻

 ●子供のバイエルキーホルダー 下巻

 ●子供のバイエル ミニスクエアポーチ 上巻

 ●子供のバイエル ミニスクエアポーチ 下巻

 ●子供のバイエル 2B 鉛筆 消しゴム付 2本セット

 ●子供のバイエル クリアファイル2枚組 上巻/鍵盤と譜表との関係
 ●子供のバイエル クリアファイル2枚組 下巻/スケール

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「子供のバイエル」って何??


「バイエル」は、ピアノを初めて習う人が使う教材のことです。
その中で初めてピアノを習う子どもが教材として使うのが「子供のバイエル」です。

上巻と下巻があり、通称「赤バイエル」「黄バイエル」と呼ばれるものです。
「バイエル」は、ドイツの作曲家のフェルディナント・バイエルさんが作ったピアノ教材の本で、「バイエル」は、人の名前なんです。ピアノを学ぶ人に最適な入門書として日本で長く親しまれてい
ます。

「子供のバイエル」の種類・用途は?


子供のバイエル 上巻:「赤バイエル」


片手から。ピアノを初めて弾く人向け
※前半は簡単ですが、後半から両手で弾きになります。
※1番~43番まで楽譜

子供のバイエル 下巻:「黄バイエル」


最初から両手で始まる、両手で弾くことが慣れてきた人向けの内容です。
※後半は、かなり練習をしないといけません。
※44番~106番まで楽譜

ピアノを習っている人が通る一般的なコースは、「赤バイエル」→「黄バイエル」→「ブルグミュラー」という流れがほとんどです。

子供の頃ピアノを習ったひとには、なつかしい想い出も、練習が苦しかった想い出も、いろんなものが交錯していると思います。また、ピアノを弾かない方もレトロでポップな表紙にノスタルジックを感じる方も多いのでは……。

「子供のバイエル」のデザインした人は?


日本のグラフィックデザイナーの大髙重治(1908年-2002年)さんによる作品です。
大髙さんは、木版画家の奥山儀八郎さんらと共に、ニッカウヰスキーのデザインを一貫して手がけたことでも有名です。1940年に発売されたニッカウヰス キー第1号のポスターも制作。ヒゲの「キング・オブ・ブレンダーズ」(1965年)を始め、作品のデザインとレタリングは、すべて手書きだったそうです。 1961年にニッカの竹鶴政孝会長の妻・リタさんがが亡くなった際には、会長から直接依頼を受けて碑文(墓碑の英文字)を手書きしたとのことです。